ある麻酔科の先生との思い出

麻酔科医との報連相の重要性

手術室で働いていたある日、麻酔科医が常勤としてやってきた。今までは、大学病院からの派遣で手術がある日に来てもらっていたが、当院の少なからず多からずな手術件数がヒットしてご縁があり、当院を選んでやってきた。その常勤の麻酔科医をT先生と呼ぶ。T先生はある大学病院の助教授まで進まれた方で歳も50台で経験豊富な方であった。寡黙で、無駄口は話さない、鋭い観察力があり、いい意味で緊張する先生だ。患者を第一に考えて常に観察、助言、指導をしてくれる。時には、手術で思ったことは執刀医に物申せる発言力のある人。私も、T先生が何を求めているのか、何を観察しているのか、常に緊張していた。そのおかげで、手術が円滑に進んだように思う。執刀医の意向や術中の体位、注意点など前もってT先生に報告、相談し、コミュニケーションを取っておくこと。これが何より重要だと感じ実践していた。お互いに、思っていることを突然やろうと思っても、意見が違えば納得できず、時間と感情のロスである。実際に、手術体位で揉めることもよくあり、執刀医の手術のしやすい体位と麻酔科医の循環動態や神経麻痺等を守らなければいけないなどの考えがぶつかってしまうこともあった。それを前もって報告、相談しておけば問題も解決し、共通の対策を講じれるため円滑に手術を進めることができる。この役割を担っているのが手術室看護師の仕事の1つであった。意見を擦り合わせたい時は、手術前からシミレーションして準備しておけばいいのだ。今までに何度もシミレーションし、どうすれば患者に負担なく、手術が円滑に進むのかみんなで考え対策する。すべては、患者のためである。患者のために、安全で安楽な手術になるよう計画し対策を講じること。そして、無事に手術を終えた時の達成感はとてもやりがいの持てることであった。

T先生に感じた違和感

ある日、全身麻酔を受ける患者の術前説明を麻酔科医と共に行っていた。麻酔科医から、一通りの麻酔前後の流れと質問などが行われた。その時、T先生の声は覇気がなく少し体調が悪いのかと思い、いつもと違う違和感を受けたが、特に問題なく術前説明は終了した。そして、麻酔科医のあとに、手術室看護師から再度詳しく説明し、不安な点など聞きながら術前説明をするのが一連の流れである。その後、T先生に指示の確認をしにいくと着替えて帰宅準備をしていた。私は声を掛けるタイミングがつかめずウロウロしていた。師長には、術前説明のあと、体調不良で帰宅すると伝え帰宅準備をしていたようである。その後、師長から麻酔指示等はどうするか問うと、担当医師に指示をもらうようにと話されていた。それが私が聞いたT先生の最後の声であった。

T医師の訃報メール

その後、私は病棟に配属となり毎日の業務に追われ、院内メールや案内を見るのも遅くなった。数日後、ふと電子カルテのメールを見ると、「T医師の訃報」というメールが目に入った。とてもショックだった。あの日、術前訪問が終わって居なくなってから、一年も経っていない。癌だったそうだ。

毎日が仕事漬けだったのではないだろうか?

普段は寡黙で無口な医師だったが、時々、冗談を言って笑わせたり、するどい観察力で手術室看護師の特徴を掴んでいたり、質問も受けてくれたり、とても頼りがいのある信頼していた医師であった。いつも、早く辞めたいと言いながらも仕事を続けていた。単身赴任で自宅から何時間もかかるところなのに当院で麻酔科医として働いてくれて感謝しかない。仕事から帰ったら何をしているのか聞いたこともあった。T先生は、普段は本を読んだり、音楽を聴いたり、散歩をしていると言っていた。家にはテレビはなく、特に趣味を楽しんでいるような内容ではなく、毎日楽しく過ごせていたのだろうかと思ってしまうほどだ。きっと、定年後は奥さんと二人で旅行など楽しむ予定だったに違いない。それなのに、定年前にこの世を去ってしまうのはとても辛く悲しい。

今しかできないこと、今の時間を大切にしたい

人はいつ病気になるか分からない。いつ事故に合うか分からない。いつ愛しい人と別れることになるか分からない。将来の不安ばかり考えて、備えているばかりじゃ、目の前の大切な時間を見失ってしまうのではないか。T先生の死を受けて、改めて今しかできないことや今の時間を大切にしたいという思いが強くなった。先生との思い出は鮮明で、勉強になったことがたくさんある。先生が亡くなってからも時々思い出す。先生安らかにお休みください。

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